住民総ボランティア論への疑問
ボランティア活動は、現在のところ地域社会では相対的に極めて少数者の運動であり、これからも、多数者の運動にはならないかもしれません。
ボランティア活動が喜びをもって共に重荷を担おうとする自発性を原則にした活動であるかぎり、地域住民のほとんどがボランティア活動に参加することなどありえないし、またそう期待すべくもないでしょう。
地域的に結びつきの弛緩を連帯活動としてのボランティア活動で修復し、行政への依存心を深めた住民に対してボランティア活動の自前主義を強調しようとするあまり、「住民総ボランティア化」の主張に短絡することは・・・
実はボランティア活動の誤解であるといって過言ではないでしょう。
重荷を背負っている人びとと、そうした人びとに支援の力をかしたいと思う人びととの触れ合いと共感、理解と思いやりは、かつてしばしばみられた全戸包括主義の町内会による寄付金集めのような事実としての社会的強制からは決して生まれないと考えるからです。
やさしさや配慮が希薄化する現代地域世相への慨嘆は、しばしば「和合」とか「隣保共同」の伝統的な醇風美俗観への回帰と連動しやすいのです。
「住民総ボランティア化」のスローガンは、主張者の意図とは別に、そうした「道徳主義」の再生をうながし、また新しく活動しようとするボランティアの個性的な内発的動機、信念、気概を型にはまった行動へ水路づける根拠に利用されやすいのです。