住民総ボランティア論への疑問 2
「住民総ボランティア化」のかけ声は、もしそれが住民のすべてがボランティアになるべきであるという義務や統制の意図を含むとすれば・・・
それはボランティア活動本来の趣旨にそぐわないといわざるをえないでしょう。
ボランティア活動への参加をよびかけても応じない無関心の人、ボランティア活動など性に合わぬと嫌がる人、ボランティア活動は偽善だと批判する人・・・
また、ボランティア活動よりパートにでも出て稼ぎたいという人がいても、そのことゆえに、そうした人びとは社会的に非難されるべきであると考えるならば、それはボランティア精神とは無縁です。
少数者の活動であることが当たり前と考え、自分で、自分たちで、おおらかに、のびやかに、無理なく、志をつらぬきつづけること・そこにこそボランティア活動の真骨頂があるといえるでしょう。
さて、ボランティア活動がボランティアの自由意志とボランティア活動を求める相手側の了解とによってはじめて可能になるということは、2つの点で、この活動の困難さを示唆しています。
もしもボランティア活動が、例えば個人が街角や車中で行う「小さな親切」のような偶然で単発の1回かぎりの行為ではなく・・・
相手方にとっては、ある持続性を期待できる活動であるとすれば、ボランティア個々人のもつ特有な条件は、つねにボランティア活動を不安定なものにするのです。