インドの「新聞のビッグバン」 2
政府の統計によると、ラオ政権による経済改革が始まった91年から2年間で日刊紙の発行部数は約500万部も増加、93年の総部数は約2900万部に達しました。
日刊紙数も91年の3229紙から、93年には3740紙へと増えました。
経済改革で経済ニュースへの関心が一気に高まったのと、中間所得層の台頭が"新聞ブーム"の背景にあります。
94年から96年にかけて部数を倍増させた「エコノミック・タイムズ」の編集を担当するビベック・バラティは
「91年当時と比べると経済専門紙の市場は2倍に膨らんです。
わが社の新聞の宅配比率は70%に達し、個人購読層は着実に増えている」・・・と証言します。
インド政府の関係者は「中間所得層では英字の一般紙か経済紙、それにヒンディー語などの地元言語紙を合わせて購読しているケースが多い」と指摘、新聞ブームを支えるのは「ミドルクラス」と明言します。
「ミドルクラスの増大が、新聞編集に影響を与え、その新聞がさらにミドルクラスの思考やライフスタイル、経済活動に影響を及ぼす」(政府系のエコノミスト)
・・・という連鎖の構図がインドで構築されようとしています。
主要英字紙はミドルクラス取り込みを狙ってビジネス面や家庭面などを新設したり、増ぺージで業界トップの「タイムズ・オブ・インディァ」を追撃しています。
また94年2月には"ニューインディアン"向けの英字紙「エージアン・エージ」が発刊されるなど、新聞の個性化も始まりました。